たかひら正明と見つめる岸和田

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お疲れ様でした。清水勝・泉大津市議。 彼の真実の議会最終の挨拶はこちら。

3月22日、泉大津市議会の市議選挙前最終日。
私は別件の暴力教師が教育長になる件の議決を監視に行ったのだが、そこで、あるさもしい議員が引退挨拶をした。

 

 

それもまた、彼自身の奴隷根性を最後まで現していたので、このような社会人としても浅ましい人物でも、28年もの長きに渡って、歴代市長の奴隷として、泉大津市民の税を食い荒らし続けることができ続けたのだと、記録しておきたい。

 

 

清水勝
昭和17年11月10日 77歳
住所 なぎさ町3番1-501号
会派 おづ(他の構成議員は、中谷昭、貫野幸治郎。 市民クラブの丸谷正八郎氏と座席は最後列であり、議会中も4人が他の発言者をそっちのけでくっちゃべる姿は有名)

市民に伝えたい思い:
市民の皆様との絆を大切に、情熱、誠実、実行力を持って行動する市民派です。「あたたかい心と心が結びつくうるおいと安らぎのあるまちづくり」また、「市民と共に築く活力と元気あふれるふれあいのあるまちづくり」を目指し、福祉、生活、環境、教育、平和と人権などに係る諸課題の解決に取り組んでまいります。

 

 

清水氏の挨拶
議員生活28年で、5人の市長と審議してきた。
中でも現在の南出賢一市長は、市民の健康をトップに据えてやっており、今までにない政策を打ち出している姿に感無量である。

 

 

これからの議会は、職員に対して高圧的な態度や暴言をやっておるような議会であってはならない。
ビラに勝手に承諾なく、15名の議員を連名で載せるようなことは許されない(ここで中谷氏は拍手)。

 

 

中谷昭
昭和24年5月26日 70歳
住所 森町2丁目8番10号
会派 おづ
当選回数 6回

 

 

貫野幸治郎
生年月日 昭和19年4月12日 74歳
住所 東港町5番9号
会派 おづ
当選回数 3回

 

 

 

最後の悪態について、自分の反省かと思っていたら、ビラの件で他の議員のことだと気付くも、何を言っているのか不明であったので、後で調べてみると、以前、同会派であった高橋登市民(トライネット)市議のことであるとわかった。

 

 

清水氏が指摘したビラは、高橋氏が出した議員の通信簿で、私も示している議会発言の登壇回数だけでなく、降壇後の質問回数も含めたものであった。

 

 

岸和田市のもの↓
2015~19年選挙までの議員の通信簿
http://mitumerukisiwada.seesaa.net/article/464650090.html

 

 

そこでは高橋氏一般質問13回、回数419回とトップになっており、清水氏は2回、25回と最下位になっている。
中谷氏8回、144回、
貫野氏6回、119回で、いかに清水氏が議会内でサボっているかわかる。

 

 

そう言えば、2月26日に傍聴に行った際、中谷氏は体育館運営を民間委託できるようにするかどうかの審議中、朝寝してたね。

 

 

通常、去る時には「ご迷惑をおかけすることもあり、おせわになりました」などと言うものなので、私がそんな通例に従って、以下に清水氏の議員人生の事実を交えた挨拶原稿を作り直してみる。

 

 

清水でごさいます。
7期28年の議員生活を、この度、終わらせていただきます。
これまで、多々市民や職員の皆様などにつきましても、ご迷惑をおかけすることやご指導を頂いてきたことについて、感謝の意を表させていただきます。

 

 

反省ばかりの私の議員生活も色々ございました。
議会では審議よりも自分の私語を重視し、その雑音について、お近くの席の議員につきましては、議論の妨げになることもあったでしょう。
今回をもちまして、私の喋りは議会からはなくなるわけですが、私の喋り仲間として現在在籍する、貫野、中谷議員におかれましても、「万が一、再選するような事があれば、静かにしておけ、昼寝もするな」との忠告を残しておきたいと存じます。

 

 

議員生活についてお話する前に、先ずはその前の事件についてお話しなければなりません。
不愉快なお話ばかり続きますが、泉大津市議会のレベルと、民度を現す重要な事柄ですので、お耳汚しの時間を取らせてください。

 

 

私は、大津毛織の労働組合委員長であリました。
そこを地盤として当選してきたわけですが、幻の1期目というものがございます。
それは、選挙に出る準備を水面下でしつつ、同じく社会党であった和田貞夫氏の衆議院選挙において、公職選挙法違反によって、出馬を断念せざるを得なくなったわけでございます。
当時は堺以南が全て選挙区というような、旧大阪5区という大選挙区制度でありました。
私は松ノ浜ドライブインに労組組合員を集め、飲ませ食わせをし、和田氏の応援を依頼したのであります。
当時の選挙で、警察に目をつけられている事情もありましたが、奢った気持ちが勝り、労組が支払った領収書を、後に来た警察に証拠資料として取られ、そこで足がついたものでございます。
年のせいか、物忘れが酷く、公民権の停止となったどうかは、思い出せませんが、ともかく、出馬を断念せざるを得ませんでした。

 

 

その後、当選を果たした後も、大津毛織の労組事務所を選挙事務所として当然のように利用し、そのさい、選挙の収支報告書に事務所使用料金について記載を怠り、これも新聞などで市民に知られることとなったと記憶してございます。
「労組事務所など、委員長であった自分が自由に使えて当然」と考えており、公職選挙法など露知らずと言った、無知な自分には恥じ入るほかありません。

 

 

私は労組委員長として、「社長の言うことは絶対! ザ・御用組合の見本を見せつけ、会社からかわいがってもらい、あわよくば管理職登用してもらううことこそ、労組役員との幸せである」との、奴隷根性が染み付いておりますので、議員生活においても、「社長」を「市長」と読み替えて、
市長提案に反対する同会派の市議に「市長提案は何でも○飲みするものだ」、「キツイ質問はやめといたれ」と牽制し、市長様あっての清水であると、議会では自負すると共に、アピールしてまいりました。

 

 

その甲斐あってか、同僚の多数派議員からも受けはよく、本年の新年互礼会においても、同じ最後列で4人並んで座っております丸谷議員が草刈与志子(維新)市議に対して、「税金泥棒みたいな人は、やめてほしいですね」と、参加者の前で堂々と言うようなことがありましたが、私が彼らにそのように言われたことはございません。

 

議員特権につきましても、十二分に謳歌し、都市競艇組合議員という、月に1回、住之江競艇場で、職員の話を数十分聞くだけで、5万円+交通費5千円をくれる、“時給換算10万円”のお仕事を15年ほど続け、舟券にもかなりの金額をスッて還元させていただきました。

 

(都市競艇組合議員については↓

大阪府都市競艇組合議会議員名簿  2015年度

http://mitumerukisiwada.seesaa.net/article/436946320.html

2010~15年まで分をアップしています。

 

大阪府都市競艇組合議員は、とっぱらいの報酬を博打に還元 http://mitumerukisiwada.seesaa.net/article/437249753.html

 

この16市から集まる議員は、新聞報道されるような犯罪者が多く、議員特権を手放したくないので、長々と続ける例が見られます。

岸和田市では、現在、稲田悦司市議が、他の議員の「どんな仕事をしているか見るためにやりたい」との声を押さえ込み、就任し続けています)

 

 

また、神谷昇市長が3期目をたった3ヶ月でやめて、衆議院選挙に出た際、
まぁこの時には議会中でもあり、3人ほどの議員から「『自民公認出れば出馬』と新聞報道されているが、真実はどうか?」と訊かれ、結果的に神谷市長は議会でも嘘答弁をして、新聞報道通り出馬するのですが、
その後釜として、神谷氏の命を受けて当時市議であった南出市長と、丸谷市議が、職員としてリタイヤしてすぐの伊藤晴彦氏に頭を下げて、市長に担ぎ上げるわけです。
そこでは私も選挙の手伝いに行きましたが、自分の選挙でもないし、何か楽しいことはないかとウグイス嬢に「触らせろ」と言って後部座席に乗ろうとすると、「あんた、ノックと同じように触るつもりか!」と怒られ、助手席に乗せられたことを記憶しております。

 

その後も南出市政になって、南出市長のお友達である(木全啓&黒石匡昭氏)を補正予算を組んでまで入庁させた件や、
堺市の市民会館でも2億5千万円だった工事費を、泉大津では7億円もかけるとの談合臭い話や、
今議会におきましても、突如として湧いた図書館の建て替えを公民館と一緒ではなく、駅前のダイエーを使って、5000万円/年の賃料を支払い、5~6億円の補強工事費を出してまで移転させ、長い目で見れば、建て替えの方が安くつくという、これも南出市長のお友達かどうかは存じませんが、地主に大変配慮がなされた計画変更のような、職員が知らされていない、独裁トップダウンにつきましても、
奴隷魂を発揮して、隷従してまいりました。

 

南出市長は、2018年7月19日に、林英臣政経塾が主催の第1回国是担当地方議員大会(17~21時、19時半からは懇親会。 新大阪江坂東急REIホテル)であった際、恥ずかしげもなく「足指を泉大津から広げたい」と中田宏氏に呼びかけ、「よそに広げる前に、自分のところでしっかりやれ!」と叱られ、シュンとししていた姿を、多くの出席者に見られるような方だとしても、そんな場面は泉大津市民にバレることなく、同じようにそれら議案の杜撰さについても、泉大津市民が知らないうちに議決し、上手く執行するのもまた、市長の手腕であります。
たとえそれが民主主義に反し、後に市民にバレて、怒りを買ったとしても・・・・

 

南出市長におかれましては、「ネトウヨを養成して、議会に送り込もう!」として開催されていると言える、林英臣政経塾に、「生産性がない」所発言で有名になった杉田水脈(自民)衆議員と肩を並べて所属をされています。
市長が師事する林氏につきましては、
マネシタ未熟塾なる、他の電機メーカーの技術をパクって、商売上手であった、ナショナルの自分がエリートで、国民を先導しなければならないなどという、鼻持ちならない誤ったリーダーまがいの者を育てる塾の1期生との看板で、今も飯を食っており、私もよく歌いましたが、「昔の名前で出ています」を地で行くような人、歴史を感じさせる人でであることもご紹介させていただきます。

 

自分の犯罪性を横に置いたとしても、かような“愉快な仲間たち”に恵まれた議員人生は、私自身の権威欲や銭への執着を、市民の皆様にもお示しする良い機会であったと振り返っております。

 

どうも皆様、このような私を磔にもせず、神谷氏のように家にペンキをおかけいただくこともなく、長きに渡ってご辛抱いただきましたこと、今一度お礼を述べさせていただきます。
(挨拶ここまで)

 

 

これ、どこの議会でも笑っておられませんよ。
こんなぎいの生息率は、限りなく100%に近いでしょうからね。

 

 

 

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参考:神谷市長の市長職を3ヶ月でやめて、衆議院出馬する前の嘘答弁。
この答弁の直後、神谷氏は自民党へ公認を貰いに行き、出馬し、落選。
この後当選するものの、泉大津市内で対立候補に勝ったことはなく、それほど神谷氏の悪名は、市議・府議・市長までやった地元中の地元、泉大津では知れ渡っている。

 

【 平成24年 10月 定例会(第3回)-10月18日-02号 】
田中一吉(民主)
この4年間、市長として頑張ることが前提で質問をさせていただきたいというふうに思うんですが、それでよろしいんでしょうか。

 

◎市長(神谷昇) 田中議員からのご質問でございますが、きのうも答弁申し上げましたとおり、産経新聞の記事につきましては、きのう申し上げたとおりでございまして、公認候補になってどうこうという話は一切しておりません。また、そのとき申し上げました火曜日の忠岡町の町議選のときにお会いしまして、ちょっと書き過ぎてくれましたなというぐらいの、まあまあ多少の抗議はしたくらいでして、そういう事実はございません。

 

 

 

【 平成24年 10月 定例会(第3回)-10月17日-01号 】
◆17番森下巖(共産) 今後4年、あるいは中長期ということですから、これから先のことがかかわってくるわけですけれども、毎日新聞の新聞報道ですけれども、次期選挙の公募に応ずると。公認が決まれば辞職をするといったことが書かれてあるんです。市民の人たちも、皆さんもう知っておられると思います。この基本構想をつくっていくに当たっても、これからの市長がどうなのかと。今回の議会でも、このやりとりがどうなのかということでいえば、やはり議会に対しても説明する責任があるのではないかというふうに思いますし、お聞きしたいのは、この報道が真実なのかどうか。それから、事実とすれば、その真意についてお聞かせください。

 

◎市長(神谷昇) 先週の土曜日の夕刊でございましたかね。産経新聞に私の顔写真が載って、いろんなことが書かれておりました。
 実は金曜日の夜に電話がございまして、いろいろと尋ねられました。「なぜですか」と言いますと、自民党の18区の支部長が自民党を離党して、他の会派に、いわば公認申請か何かを出したと。ですから、18区の自民党支部長が空席だと。これについてどう思いますかというようなことであったというふうに思っております。ですから、私は自民党が新たに公募するかというような話は聞いておりましたが、どのような手段で公募するのか。また公募するには要領があるわけですから。その要領なんかも私は今の時点におきまして一切承知をしておりません。ですから、「公募でそういういろんな要領が出たらどうしますか」といいますから、「そうですね、軽く考えてもいいかなとは思っています」という、その程度の回答でございまして、公認になれば辞職するとか、そういう話は一切しておりません。

 

 

◆16番(高橋登)
私はきょう、午前中の議員の質問で、市長が国政のほうに名乗りを上げ、挑戦をしていくということで大きな記事になっておりますことを見まして、ショックを受けたわけであります。そういった意味では少なくとも、きょう午前中の質問に対して、否定をされたような印象で私は受けとめました。
 しかし、マスコミがここまで市長の言葉を引用して、市長として8年間改革に取り組んだが、国の改革は一向に進んでいない、地方の生の声をぜひ国政に伝えたい、あるいは、党の公認がもらえたら、後援会と相談して辞職を決めなくてはならない。こんなことを市長が言わんと、勝手にマスコミが書いたら、大きな問題ですよ。これ、いや、それは事実があるんであれば、当然、抗議せなあかん話ですよ。こんなことを、市長のこんな大きな問題を、だから私は心配をして、改めて聞かせていただくんですけれども、同じように、否定をされますか。今のこのコメントを。

 

 

◎市長(神谷昇) 答えは森下議員に申し上げたとおりでございまして、私は要綱をまだ見ても、出ているかどうかも知りませんし、18区の自民党の公募の要綱もあるかどうかも私も知りませんし、そこまで見ておりませんし、第一、公募に対してどう反応しますかということですから、要綱が出れば1回考えてもいいですねというぐらいしか言っておりません。
 ただ、この会話の中で、常にこの8年間、3期目のところ、いろいろなことを聞かれまして、やっぱり我々は8年間血の出るような、職員とともに、また議会にご指導をいただきながら、市民の皆さんにもいろいろご負担もおかけしながら、血の出る改革をしてきて、ようやくここへ来た。ところが、国なんか見ていると、改革という言葉、最近の候補者のこともないから、そういうことを雑談したことは覚えておりまして、それを書かれたということでございますから、私は別にそれは雑談ですから、雑談を載せられるかどうか、それに対して私は一々抗議することはないというふうに思っておりまして、この前も、忠岡町の町長選の出陣式でお目にかかりましたけれども、ちょっとえらい違うことを書いていましたねというて、まあまあ、それはもう抗議になりませんけれども、にこっと笑ったくらいですから。
 私はそういうふうな発言しかしておりません。ただ、載ったのは、そう載っておりますけれども、私の発言とは全く違うわけでありますから、その辺はご理解をしていただきたいというふうに思っております。